サーフィンをするために、海外へ出た。
オーストラリア、そしてバリ。
合計すると、
1年半ほどのサーフトリップだった。
当時はただ、もっと良い波に乗りたかった。
海の近くで暮らしてみたかった。
日本とは違う景色を見たかった。
でも、振り返ると一番大きかったのは、
波でも旅でもなく、
自分の中にあった「豊かさの基準」が
少しずつ変わっていったことだったと思う。
海のそばにある、いつもの場所
オーストラリアでは、
海を中心に生活が回っていた。
朝、波を見て。
誰かと海に入って。
波がなくても、
海を眺めながら時間を過ごす。
特別なことをしているわけではない。
でも、海のそばにいるだけで、
一日の流れが少し変わる。
あの頃はまだ言葉にできなかったけれど、
「どこへ行くか」よりも、
どんな場所で、誰と、どんな時間を過ごすか
の方が大切なのかもしれないと思い始めていた。
古い車と、ヨットを持つ人
オーストラリアで暮らしていた時、
街には日本では見たことのないような
古い日本車がたくさん走っていた。
最初は、
みんなあまりお金がないのかなと思った。
でも話してみると、
週末にはヨットに乗ったり、
海辺で過ごしたり、
自分の好きなことに
しっかり時間を使っていた。
車は古くても、暮らしは豊かだった。
何にお金を使うか。
何を持つか。
何を大切にするか。
日本にいた頃、
自分が当たり前だと思っていた基準とは
少し違っていた。
その違いが、面白かった。
バリで見た、海辺の暮らし
バリでは、さらに違う価値観に出会った。
海のそばには、
波を見ながら過ごせる小さな小屋があった。
豪華な場所ではない。
でも、日陰があって、椅子があって、
仲間がいて、目の前には海がある。
それだけで、
そこは一日中いたくなる場所だった。
若いビーチボーイたちは、
観光客に合わせて何か国語も話していた。
学校にはあまり行っていないと
聞いたけれど、
海のこと、人のこと、
街のことをよく知っていた。
自分が知らないだけで、
世界にはいろいろな暮らし方がある。
正解は一つではない。
そのことを、
海のそばで
少しずつ教えてもらった気がする。
そして、長生村へ
30年近く前、
サーフィンをするために
海の近くへ移住した。
その時は、
今のような宿泊施設を作るとは
思っていなかった。
でも今、
長生村の川沿いでHiloを作っていると、
あの頃に見た景色や、
過ごした時間が自然と重なってくる。
海の近くにある小さな居場所。
外と中の間にあるラナイ。
誰かと集まる時間と、
一人で海や空を眺める時間。
豪華なものを増やすよりも、
そこで過ごす時間が少し豊かになること。
Loaで作りたいのは、
そんな場所なのかもしれない。
豊かさは、
持っているものの数ではなく、
自分たちの時間をどう使えるかで決まる。
あの頃の旅で見た景色や人たちが、
今のLoaのどこかに残っています。
Hiloが完成したら、
また少し違う時間が、
この川沿いに流れ始めると思います。

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